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VAMOS! HISA 第3回 金山友紀「ヒサは原点の時期をともに過ごした仲間」

   

7月1日に自伝「笑顔のパス」を発売した湘南ベルマーレの久光重貴。

自身が患った肺がんと向き合いながら、現役選手としてプレーを続ける元フットサル日本代表は、自伝の中で「多くの人に支えられてきた」と綴っている。

同時に、久光は多くの人たちの支えにもなって来た。この連載では久光と関わりを持った人たちから、久光にメッセージを送ってもらう。

第3回は、久光がフットサルを始めたカスカヴェウ(ペスカドーラ町田)時代のチームメイトで、現在も活躍する金山友紀選手からのメッセージ。

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金山友紀(ペスカドーラ町田)

 

 ヒサの第一印象は、テクニシャンでした(笑)。初めて会ったのは、二子玉川のフットサルコートだったと思います。「帝京高校でサッカーをやっていて、(相根)澄さんと一緒に草フットサルをやっている子が練習に来る」という話を聞いていて、カスカヴェウの練習で初めて会いましたね。

 最初は『技術が高いな』と思っていたのですが、でも、その技術のところでヒサ本人が限界というか、できること、できないことがはっきりしていったんだと思います。それからは、体を鍛えて、プレースタイルも変わっていきました。どんどん体が大きくなっていって、ファイターになっていきました。

 あの当時、オレは誰にでも厳しく接していたと思います。他の人に厳しくすることで、自分も言っている分やらないといけないという状況を、意識的につくっていました。だから、甲斐さんとオレはずっとカスカヴェウにいて、選手の入れ替わりがあると、オレが新しく加入した選手に厳しく接して、甲斐さんが後でフォローするという流れがありましたね。本当に当時は、厳しかったと思うし、理不尽なところも多々あったのかなと思います(苦笑)。

 背番号の話も覚えています。オレはカスカヴェウに入って、背番号15番でスタートして、しばらくしてから7番になりました。ヒサは最初から4番を渡されて、一桁でスタートしていたので、それだけ期待されていたんだと思いますし、その分、厳しく接したかもしれません(笑)。

 印象に残っているのは、オレ、シュウさん(甲斐修侍)、稲田(祐介)、(三輪)修也で試合に出ていたとき、反対側のセットで、ジャッピーニャ(本田眞琉虎洲)、チアゴ、(狩野)新、ノリ(横山哲久)、森谷(優太)とか、そういう選手たちとヒサが試合に出ていたときのことです。ヒサはずっとアラでプレーしていて、右足でボールを引きずって左足でシュートを打ったり、左足インサイドで引きずって右足でシュートを打ったりするプレーが得意でした。サイドで仕掛けるときも、森谷みたいにステップを踏みながらではなく、シンプルにマークを外してズドンと打っていたプレーが印象的でした。

 紅白戦で対戦したときは、そっちのセットがすごく良くて、バチバチやり合いました。一緒に仲良くトレーニングをしたというイメージよりは、削り合った感じでしたね(笑)。カスカヴェウは代表選手も多くて、当時は、オレも代表に選ばれていて、遠征に出ることも多くありました。遠征から戻って来ると、代表組と代表じゃない組が紅白戦をやるんです。代表じゃない組に、ヒサとか、森谷とか、修さんがいたりして、バチバチと激しくやる中で、代表組が負けたりしていました。削り合うという激しさではなくて、しのぎを削るという感じです。強くいって、抜かれそうになったら、服を引っ張ってでも抜かれないようにして。間違いなく紅白戦の方が、公式戦よりも激しかったと思います。

 まだFリーグがない中で、『強くなりたい』『うまくなりたい』という想いで突き進んでいました。当時は、Fリーグができるなんて考えてもいませんでしたが、どんなに勝っても現状に満足することなくフットサルを突きつめて追及していくことで、フットサルという競技そのものを良くしていけるんだと信じ、その一心でやっていたと思います。だから、毎日の練習や関東リーグの試合を戦うことに必死でした。日本でトップのフットサルリーグを戦う責任感もあったし、さらにそこのトップのチームという自負もあった。そういうところがベースにあったから、すごく意識が高かったと思います。

 だから、あの時期を一緒に過ごした選手たちっていうのは特別ですよね。ヒサもそうだったみたいですが、『他のチームに行って、初めてカスカヴェウが特別だったことに気づいた』という選手は結構いますよ。自分にとってもそうだし、多分、ヒサにとっても、フットサルの原点は、あの時代なんだと思います。その時代を共有した仲間ですよね。

 ヒサが、ペスカドーラ町田を辞めることになったときは、あまり話しませんでした。チーム内では、「2年くらい他のクラブに出て、戻ってくればいい」という話があったのは覚えています。町田を出て行っても、そっちで活躍して、最終的にまた一緒にやろうという感じでした。実際にヒサは、町田を出てから日本代表にも入ったし、ベルマーレの顔になりました。それで逆に戻れなくなったところもあると思いますが(笑)、それだけのポテンシャルを持っていたし、プレーも人格的にも、本当に素晴らしい。病気になった今も、普通なら投げ出したくなる部分があったりすると思うのに、プラスに変えてやっているのは、本当にヒサの強さだと思います。

 本当に叶うのであれば、もう一度、ヒサと同じユニフォームを着て、同じチームでプレーしたいという思いはあります。でも、それは今となっては、なかなか難しいでしょうね…。そうであれば、同じピッチで対決したい。真剣勝負のところで戦いたいですね。それまでは、オレも辞めずに頑張って、戦い続けます。『ヒサがいる』っていうことが、自分にとっても支えになっているし、今、自分は試合ができているけど、それは当たり前のことじゃない。あらためて、そういうことに気付かせてくれました。ヒサとはもう一度、かつてカスカヴェウの紅白戦でやっていたときみたいに試合をしたいです。しっかりプレスに行きたいし、あの頃のようなやり合いをFリーグのピッチでやりたい。それまではオレも頑張ってプレーを続けるから、ぜひ、またFリーグの舞台で戦いましょう。

 

カバー色校もどし

『がんでもプレーを続ける元フットサル日本代表 久光重貴 〜笑顔のパス〜』

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